にんべんとは 職人の技が守り続ける、至高のうま味「本枯鰹節」

鰹節の王様と呼ばれている本枯鰹節を食べたことはありますか?本枯鰹節を削ると豊かな風味がたちのぼり、調味料をかけずに削り節を食べれば熟成された魚のうま味が口いっぱいに広がる逸品です。

にんべんは1699年の創業当時より鰹節の商いを始め、今日でも昔ながらの製法を受け継いだ本枯鰹節を通じて日本の味を現代に伝えています。

創業110年以上の歴史がある株式会社山七は、にんべんの協力工場として本枯鰹節を製造しています。山七は江戸時代から伝わる手火山式(てびやましき)という本枯鰹節の伝統製法を受け継ぎ、職人から職人へと高い技術を伝承しています。

400年前に日本で作られるようになったといわれる鰹節。職人の技術が生み出す本枯鰹節の美味しさの秘密に迫ります。

"本枯鰹節"にふさわしいカツオを選りすぐる目

ほとんどの工程を手作業で進める本枯鰹節の製造には、職人の熟練の技が欠かせません。まずは素材の見極め。本枯鰹節の原料は、主に赤道直下の太平洋で捕ったカツオです。

本枯鰹節に使われるカツオは4.5kgから7kgの大きなものが適しています。このサイズのカツオから本枯鰹節を作ると見栄えも良く、手にほどよくおさまる大きさに仕上がるのです。水揚げされたカツオの中から、職人が適切なサイズのものを選別していきます。

しかし適当な大きさのカツオならすべて使えるというわけではありません。鮮度がよく脂肪分が少ないものだけを選りすぐり、次の工程に進みます。鮮度が悪いものは味が落ちるだけでなく、製造過程で身に裂け目ができたり空洞ができたりと損傷がおきることが多いからです。また脂肪分が多いカツオを加工すると鰹節を削った時にきれいな花にならず粉になりやすいので、脂が少なめのものを選びます。生肉中の脂肪含有率が1〜3%前後のものが最適といわれています。

目利きが必要なのはカツオの選別だけではありません。本枯鰹節を作るあらゆる工程で、上質な鰹節に仕上げるために職人が目を光らせています。本枯鰹節の製造はカツオを選定して生切りすることから始まり、煮釜に入れて煮熟(しゃじゅく)し、火を入れて焙乾(ばいかん)し、カビ付けと天日干しを繰り返すなど、10以上の工程を経て完成します。各工程で職人が鰹節の状態を確かめ、基準に満たないものを取り除くのです。仕上がった本枯鰹節を商品としてお客様にお届けする前には、にんべんでも目利き職人が最後の選別を行います。

目利きは職人が場数を踏み経験を積んで得られる技術。カツオは一尾ずつ顔が違うといわれ、個体によって鮮度や大きさが異なるため、画一的に製造することができません。カツオの特徴に合わせて職人が製造工程で調整をほどこし、味がよく、見た目も美しい本枯鰹節を作りあげるのです。

近年は生産者(職人)の減少などにより本枯鰹節の生産量も減少し、鰹節全体から見るとごくわずかな生産量しかありません。現在では本枯鰹節はとても希少な食材となりました。

希少な製法で費やす時間が、濃いうま味をつくる

山七が現在続けている本枯鰹節の製法は、手間も時間もかかる上に、一度に作ることができる量が限られています。1トンのカツオから生産できる本枯鰹節は100kg程度。近年では本節の需要も減る中、技術者も減少し伝統的な製法を守る生産者は全国でも数軒しか残っていません。

カビ付けをしない鰹節が1か月程度で完成するのに比べ、本枯鰹節は4か月から半年かけて仕上げます。手火山式の「火山」とはかまどのこと。薪をくべたかまどの上にカツオを並べ乾燥させます、この乾燥を焙乾と呼びます。この焙乾が、本枯鰹節の美味しさの秘密のひとつです。焙乾作業に手間と時間がかかりますが、カツオの水分が高い状態から長時間かけて乾燥させるので、燻(くん)をしっかりとつけられます。燻がついた鰹節からは生臭さが消え、削っただけで香りがたつほど風味がよいものになるのです。焙乾にはカツオのうま味を封じこめる効果もあります。急造庫や焼津式乾燥機ではカツオを入れて一斉に焙乾しますが、手火山式は職人がカツオの状態に合わせて火力を調整し、カツオの身を並べた蒸籠の位置を手作業で変えながら均等に乾燥させるため、うま味が凝縮された鰹節ができあがります。

火入れの後に行う、カビ付けと天日干しの工程にも時間をかけています。魚体の大きさと水分の抜け具合によって、職人がカビ付けと天日干しの回数を判断します。にんべんはカビ付けと天日干しを4回以上繰り返したものだけを本枯鰹節として販売しています。

鰹節にカビを付けるのは、もともと長期保存するためでした。節全体に付けたカビは成長する過程で水分を吸収し身を乾燥させるので、鰹節の水分量が減り長期間保存できるようになったのです。それだけではなくカビ付けは鰹節のうま味を引き出します。微生物には発酵・熟成効果があるため、カビを付けている本枯鰹節はよく熟成されうま味が濃くなるのです。さらにカビは節の表面の脂肪分を分解するので、本枯鰹節からは脂の少ない澄んだ透明な「だし」がひけるというわけです。

こうして時間をかけて熟成した本枯鰹節にはうま味が凝縮しています。イノシン酸は一般的にうま味の素といわれる成分ですが、本枯鰹節のイノシン酸の量はカビ付けを行っていない荒節よりも多く含まれているといわれています。本枯鰹節でひいただしはうま味が濃く、少ない調味料で料理の味を決めることができます。醤油や塩の量を減らし、健康的な食生活を送る助けにもなるでしょう。

妥協のない手作業で鰹節の味も美しさも追求

本枯鰹節の製造に費やすのは時間だけではありません。職人の目も手もかけて、鰹節の高級品を完成させているのです。

山七では製造工程の要所要所でカツオの皮や皮下脂肪、骨、汚れなどを丁寧に取り除きます。この作業は職人が目と指先で一つひとつ確かめながら進めます。カツオの大きさや状態に合わせて手作業で製造工程を細かく調整し、見た目にも美しい本枯鰹節を作っていくのです。こういった職人の技術は継承が難しく、現場で技を覚え磨いていくしかありません。

形が美しい鰹節にこだわるのは、本枯鰹節の歴史に由来しています。かつお節は長期保存ができることから、古くから国の豊穣を願う縁起物として取り扱われてきました。またカツオの背中側を加工したものを雄節(おぶし)、腹側を加工したものを雌節(めぶし)と呼ぶことから、結婚式の結納などの贈答品としても重用されていました。

山七が作る本枯鰹節は今でも明治神宮、伊勢神宮などの神社仏閣に奉納されます。式典では傷のない美しい形の鰹節が求められるため、最初の火入れをした後に骨抜きの傷などを一つひとつ手作業で丁寧に修繕します。

本枯鰹節でひいただしはうま味が濃くて色が美しく、素材の味を引き立てる影の主役として長年日本の料亭で愛され続けています。薄く削られたかつお節は「花」と呼ばれており、本枯鰹節からはふんわりと広がるとても美しい花が生まれます。丁寧に仕上げられた本枯鰹節でひいた出しの色は美しく透き通り、魚臭さがありません。一流料亭の一番だしに本枯鰹節が使われる理由は、雑味がなく素材を生かす美味しさと、料理を引き立てる美しさにあるのです。

この国の味を、100年先まで

静岡県焼津市は食育に力を入れており、山七も小学生の工場見学の受け入れや、近隣の小学校でかつお節を使った体験授業を行うなどの活動をしています。

今は家庭で削り器を使って鰹節を削る機会はほとんどないため、鰹節を削るという初めての体験に子どもたちはひとしきり盛り上がります。自分で削ったかつお節をその場で食べた子どもたちは、うま味がぎっしりとつまった美味しさに驚き、食べる手が止まらなくなります。子どもたちのはじけるような笑顔を見て、鰹節を作り続けていて良かったという気持ちがこみ上げる瞬間です。

手間暇がかかり、熟練した職人の高度な技術が必要な本枯鰹節製法。手火山式を導入して鰹節を製造する生産者は年々減り続け、国内でも数軒しか残っていません。山七は鰹節製造の伝統を守る為に、この製法で鰹節を作り続けています。

本枯鰹節は鰹節に携わってきた様々な人々の試行錯誤の末に生まれた、鰹節の一つの完成形ともいえるものです。鰹節製造を本業とするにんべんと山七を象徴する商品として、長く作り続けていくことは私たちの使命といえるでしょう。職人の技術は一朝一夕では身に付きません。後継者となる次世代の育成は長年の課題ですが、若い人たちに本枯鰹節の製造技術を継承していきたいという思いを持っています。

かつお節は栄養バランスに優れた和食の基本を作る食材。日本の文化遺産である和食文化を守り、未来の子どもたちの健康的な食生活を守っていくのが私たちの願いです。